親を介護するということ
幸か不幸か、私は自分の親を介護したり看護することなく見送りました。
それはあまりに突然で、考える余裕もないままに過ぎていきました。
それはあまりに突然で、考える余裕もないままに過ぎていきました。
当時は『最後に子供孝行してくれたんだね』と言って自分を慰めていたけれど、
今では本当にそう思うようになりました。
今では本当にそう思うようになりました。
このお正月、親代わりの叔父が入院先から一時帰宅しました。
自宅で介護していた叔母が、介護から腰を圧迫骨折したために、
自宅での療養が不可能になってしまって、
12月から入院生活に入っていたのです。
自宅で介護していた叔母が、介護から腰を圧迫骨折したために、
自宅での療養が不可能になってしまって、
12月から入院生活に入っていたのです。
叔父夫婦には子供が三人います。
・・・つまりは私の従兄弟です。
・・・つまりは私の従兄弟です。
車イスで帰宅した叔父の面倒を、二人の息子が面倒を見ます。
歳を取ったとはいえ、動けない叔父を抱えるのは女手では困難です。
叔母が良くやっていたと、感心しました。
歳を取ったとはいえ、動けない叔父を抱えるのは女手では困難です。
叔母が良くやっていたと、感心しました。
従兄弟達は、これから続く入院生活をどう受け止めているのでしょう。
それぞれに家庭があるのです。
そこでの日々を過ごしながら、親を介護するということは
決して楽なことではないはずです。
それでも自分の親だから、それを放棄することはありません。
それぞれに家庭があるのです。
そこでの日々を過ごしながら、親を介護するということは
決して楽なことではないはずです。
それでも自分の親だから、それを放棄することはありません。
『親父のあんな姿は見たくないな・・・』ぼそっとつぶやく長男。
私も同じことを感じていました。
もし私が同じ立場だったら・・・。
一人で向き合うことが出来たでしょうか。
私も同じことを感じていました。
もし私が同じ立場だったら・・・。
一人で向き合うことが出来たでしょうか。
少しでも力にならたら・・・。
そう感じて、叔母の話し相手になりに行こうと思っています。
私に出来ることは、そのくらいですから。
そう感じて、叔母の話し相手になりに行こうと思っています。
私に出来ることは、そのくらいですから。
いつまで続くか分からない介護生活。
気力・体力充実した日が送れますように・・・。
気力・体力充実した日が送れますように・・・。